回想録 2022 #1
どうもこんばんは。
今年ももうすぐ終わるので、それとなく振り返ってみようかと思う。
なんとなく漠然と振り返っても仕方ないので、1月から12月までの各月、「人」「場所」「もの」の3つのキーワードを軸に今年を思い返してみようかなんて思う。
ごくごく私事にお付き合いいただければ。
1月
○人「ダウ90000」
一番印象に残っていのはやっぱり「ダウ90000」だ。今年一年を通してと言っても良いかもしれない。新宿のシアタートップで見た第3回本公演「ずっと正月」は秀逸だった。
ダウ90000第3回本公演「ずっと正月」 - AM1:00-3:00
この時の観劇ノートに「連ドラの脚本を書く」と書いたのも「本公演が本多劇場になる」と書いたのも、既にしてその通りになっている売れるまでの早いこと。
そうだ、面白いものを観たな、と劇場を後にして、帰路の電車で岸田の戯曲賞に候補作として残っていたのだ。
今年はダウ90000を追いかけた年と言っても良かったくらい、とてもはハマってしまった。
○場所「」
○もの「テレビ」
大和に越してきて、同棲を始めて、ある時、帰ったら、急にテレビがあった。
ただつけておくだけのテレビをBGMにする生活がしたくないという考えから、茅ヶ崎の一人暮らしでは5年間テレビを置かなかったけど、TVerやサブスクで観たいものに追われた生活をしていた。
テレビに特有の、なんとなくつけて、ただその時やっていたものを見るという受動的であることが嫌だったのに、帰ると部屋の沈黙をかき消すためだけにつけられたまさに中身のないバラエティ音が部屋に充満していた。
このテレビに関しては結構揉めたが、買ってしまったテレビを捨てるわけにもいかず、いまだにリビングに我が物顔でいる。
ちなみに外付けのハードディスクの容量、9割はわたしの録画だ。
あれば、際限なく観てしまう、テレビの恐ろしさ。
2月
○人「ジョージルーカス」
ジョージルーカス監督の「ウエストサイドストリー」のリメイクが良かった。音楽もダンスも全て良かった。
○場所「」
○もの「スーツ」
最後にスーツを着たことを思い出した。
普段は仕事でスーツなんか着ないのだけど、去年、友人の結婚式に合わせてちょっと遊びの入ったスーツを新調した。
この月、社長との会議があって、スーツで本社に行く予定があった。
まだ2回しか着てない12万のスーツ。今のところ、結婚式で6万、会議で6万。高すぎた。
3月
○人「伊藤沙莉」
映画「ちょっと思い出しただけ」がすこぶる良かったのだ。特に伊藤沙莉はめちゃくちゃ良かった。
鑑賞ノート「ちょっと思い出しただけ」〜恋愛映画における感情移入〜 - AM1:00-3:00
○場所「唐橋んち」
よく遊んだアルバイトがわたしの職場を卒業して、社会人になっていった。一人暮らしだった彼の部屋には、職場から近いこともあってよく通った。
卒業する彼らをみて、人生に何かを選択するということは、他の選択肢を捨てことだ、なんてしみじみ思った。わたしはいつ、どこで、どんな選択肢を捨てしまったのだろうか。それは正解だったのか、なんてことを変に考えてみてしまった。
最後の日、近くのコンビニでわけ分からない量のお菓子やら、コーラやら、お酒やらを買い込んで、明け方までくだらない時間を過ごした。あのくだらない時間に、今でも変な懐古的になって、白み始めた少し寒い朝がちょっと恋しい。
○もの「」
4月
○人「ハライチ澤部」
わたしの職場に旅番組の収録でハライチの澤部さんが来た。土曜深夜の「デブッタンテ」時代からハライチのラジオを聴いていたので、こんなに嬉しいことはない。色々言いたかったのだが、「デブッタンテからラジオ聴いてます」というのが精一杯だった。もっと他にも言いたいことたくさんあったのに、やっぱり本当に好きな有名人、有名人でなくても本当に好きな人を前にすると、声ってかかけられないものだ。もどかしい。なんとか勇気を出してお願いした2ショット写真は絶対に消さない。
○場所「相模原」
わたしの通った高校の隣に中学がある。そこに通っていたのが、バナナマンの日村さんだ。
バナナマンがサンドイッチマンとでやっている「バナナサンド」という番組で、日村さんの故郷、それは私が高校生活を謳歌したのと同じ、相模原を特集したものが放送された。
吹奏楽部だった私が、演奏会の協賛のお願いに毎年通ったラーメン屋、新入生の歓迎会によく使われたボウリング場、ヴィブラフォン(大きな鉄琴)を借りに行った隣の高校など、懐かしい風景に大好きなバナナマンがいることが嬉しかった。
次の日、早速、相模原まで車を走らせて、ラーメン屋へ。昨日の放送の影響か、いつもはみられない店先の行列。
久しぶりに食べて、あんまり美味しくなかったことを思い出した。
二口目から、相模大野のクックらに行きたくなった。
○もの「寿司」
この月は私の誕生月。誕生日に私が好きな茅ケ崎の厚田村で夕飯を食べる。
茅ケ崎のころ、よく通ったお店で、マスターが握る鮨が格段に美味しい。何食べてもおいしく、毎回お店を出る頃には、食べ過ぎたことを後悔している。
全部埋めようと思っていたのだが、思い出す頃には年を越しそうなので、ひとまずここまでにしておこう。
思い出したら、追記しておきます。
まぁ、誰も確認しないわね。
5月以降はもう少し覚えてるでしょう。
今月中には書き終わりたいね。
では、こりゃまた失礼いたしました。