本、映画、演劇、美術、テレビドラマにラジオといろんな文化に触れたい好奇心。茅ヶ崎の海辺からコカコーラ片手にぱーぱーお喋りしています。しばらくおつきあいのほど願ってまいります。

AM1:00-3:00

茅ヶ崎のゆとりがコカコーラ片手にラジオのような独り語り

習作「創るということ(2)」

 

どうもこんにちは。

 

先日、掲載しました習作小説の中編です。

習作「創るということ(1)」 - AM1:00-3:00

 

   目の前の壁は一面鏡で自分の姿を確認しながら踊る。汗だくの私が先生に指先を直される。スタジオには十数人いるが、全員が同じ動きをズレることなくしている。鏡に映ったその映像は皆が同じ動きを一様にしていて少し気味が悪い。しかし、その動きが寸分違わず揃う一瞬だけ、とんでもなく美しく、身震いする。そんな瞬間は一瞬なので、すぐに何もなかったようにまた気味の悪い映像が鏡に映る。

「プリーエの時にアラスゴンドの意識を途切れさせない。肩を上げない。肩甲骨を広げて。」
   私の周りをゆっくり一周歩きながら、厳しい目つきで私を見る先生の畳み掛けるような指摘を一つ頭にとどめる。毎日のレッスンが必死だ。何が変わったわからない小さな改善を一つ一つ重ねていく。その延長のずっとはるか先に憧れたプリマがいるのだと思っていた。自分の中で、プリーエの時のアラスゴンドの意識を変えても目に見える変化はわずかだし、肩を上げない意識をしても何センチも肩を上げているわけではないからそんなに違いはない、肩甲骨だってはっきりわかるほど広げられるわけではない。それでも、やっぱりその小さな改善に必死だった。すでに先生は私の周りを離れて、隣の生徒の周りに歩いてた。そのまま何も言わずに次の隣の生徒を見ていた。一面の鏡に汗だくの私たちが映る。この中になぜ踊っているのかわからずに体を動かしている人が私以外にいるだろうか。そんな簡単なことも分からずにこんなに体が美しく動くだろうか。手の指先まで行き届いた神経の張りが頭の先、足の指先までずっと繋がっている。しかし、私は体を美しく動かしたいわけではない。あの日観たプリマが舞う空間が目標だった。それが私が踊る理由になりうるのか、周りのみんなもそれを目指して踊っているのかわからなかった。そんなことを気にしているのも自分だけかもしれなかった。
   そんなことを考えながら、体を動かしていると、また先生が私の隣に立っていた。私は直接先生を見ずに鏡ごしに様子を伺った。先生は黙ったままジッと私を見た後、何も言わずにパンパンと、手を二つ打った。
「はい、じゃあ休憩して。」
   みんなが散り散りに水分を取りに行く。
「このあと軽い振り入れするからね、再来週までに覚えてきて。それでセンターの仮決めするから」
   スタジオ内の空気が一瞬で変わった。みんな、飲み物を飲む手を一瞬止めた。「センター」という響きに敏感だった。

 

   高校の最寄りからバスで一五分ほどのところにある市民会館のホールは、客席数が800程度で、高校生が部活の演奏会に使うのにちょうど良いらしい。オーケストラ部に所属する原田が無理やりチケットを押し付けて、来いという市民会館の客席には空席がまばらにあるくらいで程よく埋まっていた。普段はバレエで舞台に立つ私が、こうして人の舞台を観に来ることはさほど多くない。開演十分前に席ついて、プログラムに目を通す。となりの主婦らしき女性二人組は部員の保護者なのか、練習で帰りが遅くなっていた息子の話をしている。
   私が生まれる前からこの土地に立つホールは去年、改築工事を終えたばかりで、見た目は真新しい。建物の中も綺麗になっており、昔、お茶の間で人気の落語家が出演するというので観にきたときに感じたボロい印象は一新されていた。その時の「文七元結」というネタのことを思い出しながら、どうして、横浜で見たバレエには感化されたのにここで観た落語には感化せれなかったのか考えてみた。今頃、落語に感動して落語家になっていてもいいはずである。それがなぜかバレエはやってみたくなるが、落語は一回見たきりでいい理由があろうと思う。体で表現するとか、昔から日本にあるとか、いろんな要素を考えたが、落語の古典性ではないかという気がした。落語にも新作という自分たちで創るジャンルがあることを知っているが、それでも大抵の落語というものは決められたことをやるものだと思っていたのだ。その一方で、バレエにはもっと自由に表現できる可能性が見られた。振り付けは与えられても、それをどう解釈し、咀嚼して、体で表現するか、バレエにはその自由があるように感じた。きっと私が落語を知らなかったせいでそんなことを思っただけで、落語にだってその自由はあるんだろう。だとすると、もっとバレエに惹かれた理由はわからない。とにかく表現する自由が私を惹き付けるのか。しかし、いくら考えてもどれもしっくりは来ない。私は踊ることをDNAに孕んで生まれてきたのかもしれない。そんなことを思いながら、全く関係ないこれから始まる原田の所属するオーケストラ部の演奏会のパンフレットを眺めていた。
   

    開演ブザーが鳴り、舞台上の照明が明転し、楽器を持った部員が袖から舞台上に現れる。最後の方に、細く小さな白いような棒を持った原田がいる。いつもファミレスで会うような顔つきはなく、真剣な目が真っ直ぐどこか遠くを見つめていた。その眼差しは私をこそばゆくくすぐる。続いて、指揮者が登場し、客席から拍手が起こる。指揮者が客席に礼をし、背中を向けると拍手は自然と止んだ。指揮者が振りおろす棒に合わせて金管のファンファーレが鳴る。

    大きなシンバルの音で目が覚める。一曲目のショスタコーヴィッチ「祝典序曲」から寝ていた。バレエを通しての音楽はいくらも触れてきたが、音楽そのものと直接は触れてこなかったから、、馴れないクラシック音楽に早くも退屈していた。腰を深くに座り直し、姿勢を正した。二曲目からは真面目に聞こうという心持ちのつもりだった。
   

   二曲目の始まり。原田の聞こえるか聞こえないかくらいのフルートの音がホールに溶ける。つかみどころのない音が落ちていく。その音はまた上り、また落ちていく。その抑揚に誘われて、オーケストラが優しい響きをフルートに溶かしていく。不安定な流れが客席に渦巻き、音楽が奥域を持って揺れている。その渦の中心に原田のフルートがあった。
私はこの美しさに固まった。体のどこにも力の入る場所がない。私は実態としての私を見失った。綺麗な音階を駆け上がるハープが合図だったかのように、ハープの弦が弾かれると体に張り巡らされた神経の感覚を取り戻すと、私はパンフレットに目をやった。

 

クロード・ドビュッシー作曲
「牧神の午後への前奏曲」(1894年)

 

とあった。
   音楽の持つ気怠さがホール全体を包み、それに浸る全員が心をドビュッシーに捧げていた。当然、、その先頭には原田がいる。原田の音を通して、捧げるのだ。ドビュッシーが見たもの、感じたもの、それをオーケストラを使ってどう聞かせたかったのか。ドビュッシーの鼓膜を共有しようとした。そこに感動があり、意味があった。原田の言うことが頭では理解できていなかったが、感覚では理解できた。

   

    この日は演奏会はラヴェルバレエ音楽「ダフニスとクロエ」をメインに、ハチャトゥリアンバレエ音楽「ガイーヌ」から「レズギンカ」をアンコールに終演した。どちらも馴染みのある音楽で退屈しなかった。
帰り道、駅ビルの中のCDショップに立ち寄り、クラッシックコーナーで「牧神の午後への前奏曲」を探した。ドビュッシー管弦楽のCDが並ぶ一角には「交響詩 『海』」と言うものはいくらもあるのに目当てのものが表題のCDはなかった。「交響詩『海』」が表題のCDの内容を吟味していると、一枚だけ申し訳程度のおまけみたいに収録されているものが一枚あるだけで、それをレジに持っていった。表紙は北斎富嶽三十六景を模したかのような西洋画チックなタッチの絵だった。

 

自分で読み返して、なんて稚拙でみっともないと思いながら、書き上げるのに使った体力を思えば、どこかで人目に触れて、嘲笑された方が、ゆくゆくは良いのだろうと思い、恥を承知で読んでいただいております。

時間がないのにこんなものを読ませるなとお叱りもあるやもしれません。本当に申し訳ないことです。

 

では、こりゃまた失礼いたしました。