雑記 〜佐平次、のんとも。M「明日があるさ」〜
どうもこんばんは。
何がきっかけだったか、ここのところYouTubeで古典落語「居残り佐平次」を聴き漁っている。圓生、志ん生、小満ん、談志、志ん朝、文朝、小三治、右朝、喜多八、白酒、一之輔ととにかく聞いた。
無一文なしで女郎買いに来て、払いができるまで家には返してもらえない佐平次は布団部屋へ通される。一生懸命支払いの金策に走るかと思いきや、お店のお客や花魁たちに取り入ってお座敷に上がっちゃう。元々口先が上手くて、ヨイショが上手、そして何より人から可愛がられる性格から、いつのまにかお客の方からお呼びがかかるほどの人気者に。お座敷に呼ばれて、お客に取り入ってお祝儀を貰っちゃう。
こうなると面白くないのはお店の若い衆。自分の仕事は取られるし、お祝儀をくれる太客も奪われちゃう。そこで御内所、今でいう店のオーナーみたいな人に相談する。温和な人柄の旦那はとりあえず帰ることを促すが、聞くとこの佐平治という男、外で悪事を働いて、追手がついた身分だとか。そんなことを知ってしまっては、居残りが罪人だなんて、お店の看板に傷がついてしまうことを心配して、逃亡の資金から新しい着物まで一通り佐平次に用意して逃しちまう。
しかし、この男は罪人でもなんでもない、居残りを家業にする男だった。
というのが、だいたいのあらすじ。
サゲが今では使わない言い回しなので、人によって変えてあったりする。
佐平次が次々に花魁やお客に取り巻く場面が実におかしい。
佐平次の調子のいい言葉にどんどんひとが踊らせていていく。最初は訝しんでいる人たちも徐々に佐平次の人柄に取り巻かれる。
こんな人間いるだろうか。落語の世界だから、と言って、フィクションにしてしまえば、それまでなのだが。
人柄だけで生きていける人間というのは、いくらかいる。仕事ができるわけでもなし、何か特別な技術があるわけでもない。それでも、どういうわけだか上の人間に好かれて、うまいことやる人がいる。必ずしもそういう人生が成功だとは言えないだろうが、楽に生きていくという観点に立てば、立派な成功だ。
演る人によって佐平次がまるっきり違う人間なのだが、私が好きな佐平次ほど、佐平次に人気が上がる場面で客席の笑いの声量も上がる。つまり、佐平次の人柄が人懐っこければ人懐っこいほど、落語として面白くなるのだ。
きっと、こういう佐平次ほど、楽に生きていけているのだろうと思う。
演ることと生きることは違うので、人懐っこい佐平次を演じる噺家が佐平次みたいに生きているわけではあるまい。
もう少し、敵を少なに、それでも自分を通して、生きてみたいと思う。周りを取り巻いて。
女優で歌手ののんさんがYouTubeに一つのMVをアップした。
坂本九さんの「明日があるさ」をカバーしたもの。何よりもゲストボーカリストが最高だ。
小泉今日子さんに尾美としのりさん、渡辺えりさんに片桐はいりさんが集まった。
そう、「あまちゃん」のキャストが集合しているのだ。
もうこれだけで嬉しくなる。天野家の三人が、スリーJプロダクションの三人が集まって、マイクの前で歌っている。自然と涙が出てくる。
やっぱり、のんという人間の行動力や周りを巻き込む力はとんでもないのだ。憧れてしまう。
彼女のどういう部分が周りをあんなにも動かすのだろうか。やりたいことを形にするだけでも気力も体力もいる大変なことなのだ。それを周りの人間を巻き込んで、あんなに楽しそうに、それでいて見ている私たちにも身体中に活力を与えてくれる。どうやったら、そんなにことができるのだろうか。
もうすっかり昨日から何度も聞いている。
アキが歌う。春子が歌う。パパが歌う。三人の声が重なる。この瞬間にたまらなくなる。胸が熱くなる。足の裏から、手先から、じっとしていられなくなり、たまらず走り出してしまいたくなる。
身体中を衝動が駆け巡る。私には何ができるだろうか。何をしたらいいのだろうか。何かを形にしたいのに、創り出したいのに、どうしたらいいのだろう。
彼女の周りの人間を引き込むその魅力は、まさに佐平次だ。
やっぱり、私は佐平次になりたい。
では、こりゃまた失礼いたしました。