本、映画、演劇、美術、テレビドラマにラジオといろんな文化に触れたい好奇心。茅ヶ崎の海辺からコカコーラ片手にぱーぱーお喋りしています。しばらくおつきあいのほど願ってまいります。

AM1:00-3:00

茅ヶ崎のゆとりがコカコーラ片手にラジオのような独り語り

習作「登れども」後編

 

どうもこんばんは。

前回の習作「登れども」の後半です。

習作「登れども」前編 - AM1:00-3:00

よろしくどうぞ。

 

私は雪に痛く刺さり来るようなイメージを持っている。感情のない雪が冷酷に、淡い私に襲い来る。為すすべのない私は、体の重みを感じなくなるくらいの喪失感と冷たさを正面から受け止めるしかない。空っぽになった体のうちから、なんとか残った最後の悲しみがわずかに滴る。そして、その悲しみと一緒に一人の女性を思い出す。
 
二十歳の頃に私が交際していたその女性は、明るく、よく話す人だった。彼女といる時の私は、地に足がついて充足感で重たく、何かに不安になることはなかった。たわいもないことで声をあげて笑い、明日になっても明後日になっても、当たり前のようにこの時間を共に出来ると思うと、そのことがどれだけ私を前進させたかしれない。
そんな彼女が高校の同級生数名とスノボーに行った数日後、私たちはいつものように行きつけの居酒屋にご飯を食べに出かけた。
顔なじみの大将にいつものカウンターに案内され席に着くと、何も言わずにいつもの柚子酒のソーダ割りとレモンサワーが出てきた。ドリンクを運んできたアルバイトにメニューも見ずに、刺身の盛り合わせと唐揚げとシーザーサラダを頼んだ。店内はいつものようにピアノトリオが奏でるアップテンポのジャズが流れていた。店の雰囲気と全くそぐわないBGMが私は好きだった。ジャズ自体はここでしか聞かないが、この店で聞きすぎたせいで街を歩いていると、耳にジャズが入って来ることに気付くほど敏感になっていた。なんとなくメニューに目を通して見るが、なにも追加はせずに静かに乾杯した。
サラダが運ばれ、ついで唐揚げが届く。サラダを銘々の皿に取り分けたところで、目の前の大将から刺し盛りを手渡された。
なんとなくいつもよりも互いの言葉が足りないのが気にかかったが、刺し盛りの盛大さに二人は笑顔になった。
「初めてのスキーどうだった?」ヒラメの昆布締めに箸をのばしながら、なんとなく聞いた。
「うん、楽しかったよ。全然上手く滑れなかったけど」視線をサラダに落として、私と目を合わすことなく、サラダに箸をつけながら答えた。
「じゃあ、今度一緒に行こうね」
「それまでにはもう一回行って練習したいな」
左手に持ったサラダの皿から一度も目を離すことなく答えた。
「どうしたのなんかあった?」
いつもより少ない会話に、ほとんど目を合わせないことが気にかかって聞いた。
「あったと言えば、あったし、でも、何にもないよ。うん、なんにもないよ。ごめんね。」
この日初めて彼女は私と視線を交えて謝った。そっと置いたサラダの皿がコトンと音を立てた。
 
結局、一ヶ月も経たないうちに彼女はそのスキー旅行で一緒になった一人の男のことが気になって、そのまま追いかけることにした。あの日の居酒屋の時よりもしつこく、申し訳なさそうに何度も謝った。別れ話は彼女の背中を後押しするように、私の方からした。
 
私の人生と彼女の人生は、交際していた一年半の期間だけ重なり、長い人生で見れば刹那的な接点にあったのだ。私はその刹那な接点でいつまでも隣に彼女がいるものだと思って安心していた。彼女がいなくなった時、今まで人がいたとなりの空間がガランとして、人肌の温もりがわずかに残るその空間に吹く惨めな風のことなど思いもしなかった。
永遠だと思っていた接点は、振り返ってみた今思えば本当に一瞬で過ぎてしまった。むしろ、その接点を越えた先にある、私と彼女が二度と交えない人生の方が永遠なのだ。一度交えてしまったが故に、もう二度交えない。私と彼女が共にいる接点は永遠に来ない。そのことが身に染むまで長い時間がかかった。
 
思考は次々に移ろう。目の前に広がる雪景色はここにいることに気づいた時から変わらない。
この景色はあの時彼女が行ったスキー場のものなのか。私は見たことのないスキー場の景色を彼女を通して創りあげているのか。だとしたら、なんのためだ。未練が残っているのか。未練と懐かしさの混在。今更思い出したとて、何も変わらないではないか。結局、私は永遠に彼女と交えることのこの道を行くのだ。それが彼女が行ったスキー場ならば、なんとやるせないことか。やっぱり頭の中だけが変わる。
 
私の頭上の太陽は今でも宙吊りになっている。東から西に行く太陽がここでは依然として頭上にあった。そして、足元の雪も両脇の樹木に生い茂る葉に積もる雪も、変わることなく陽の光を跳ね返す。生き物がいない、音のしない、風のない、雪が積もっただけの坂の終わりは見えない。

 

ご高覧、ありがとうございました。

とやもかくも、何かご意見いただければ…

 

では、こりゃまた失礼いたしました。