本、映画、演劇、美術、テレビドラマにラジオといろんな文化に触れたい好奇心。茅ヶ崎の海辺からコカコーラ片手にぱーぱーお喋りしています。しばらくおつきあいのほど願ってまいります。

AM1:00-3:00

茅ヶ崎のゆとりがコカコーラ片手にラジオのような独り語り

ノー密で濃密なドライブ記

 

どうもおはようございます。

 

巷を賑わす「不要不急」とはどこまでのことを言うのだろうか。そんなことを考えると、1日を無駄にしてしまいそうなので、都合よく解釈を変えることにしておく。

面倒な人からの連絡は「不要不急」で断り、高校時代の腐れ縁からの誘いは「気晴らしは『不要』でなかろう」とそそくさ出向く。もちろん、「密」には気をつける。

そんなわけで、先日、奴と深夜のドライブに行った。常時、窓を開けて、密閉を避けて、人気のいないところへ車を走らせる。と言っても茅ヶ崎を21時に出れば、どこに行こうがそうそう人がいるわきゃない。

 

まず、海沿いのコンビニで飲み物とお菓子を買って、車に乗り込む。運転するのは奴で、車の所有者は私なので、ワンデーの保険にも入ってもらう。なんでも揃うコンビニはこれから始まる冒険のワクワクを駆り立てる演出にはもってこいだ。金管のファンファーレにシンバルが重なり、ティンパニが響いて、木管グリッサンドが飾れる。冒険に相応しいBGMの代わりにコンビニとはお手軽でいい。コーラを買って、カフェラテを買って、お茶を買って。おそらく帰りまでにお茶を開けることはないだろう。

 

134号線をサザンオールスターズというベタ中のベタをBGMに走っていく。真っ暗な海も目が慣れてくると、少しづつ白波らしいものが見えてくる。それだけで海沿いを走る意味がある。標識に「小田原」の地名が目に入るので、小田原城でも見ておこうということになる。奴と出掛けて、何かが決まっていた試しがない。無計画を計画するのだって立派な計画だ。これが我らの流儀。

着いた小田原城に人影があるわけもない。日本史の大好きな我々は、早速小田原城で思い出すことを挙げ連ねる。秀吉の小田原征伐は何年のことか。ことの発端はなんだったか。そもそも小田原北条氏を早雲から末代目で言えるっけか。何故か奴のカバンから山川出版社の「日本史B用語集」が出てくる。

秀吉の小田原を攻めたのは1590年のこと。1585年に発した「惣無事令」に反して、真田領の名胡桃城にちょっかいを出した北条氏直が、秀吉に降伏しなかったことから始まる。小田原北条氏こと後北条氏は早雲の下克上に続いて、氏綱、氏康、氏政、氏直と続く。

なんて知識を自慢気にひけらしている場合ではない。

で、休憩中のタクシーが並んでいるだけで人影のない小田原城を後に車を走らす。次に目がいったのが標識が「沼津」の文字。

 

国道1号線をまっすぐ行く。ずっと行けば真鶴、熱海と抜けて沼津まで行けると思ったのだが、どこかで道を間違えたのか、いつのまにか箱根湯本に。ここまで来れば、先に待つのは駅伝の5区で知れる山道しかない。深夜0時を過ぎようかなんて頃の山道は今思い出すだけでもゾッとする。それでも、いくしかないと大宮台、強羅と山道を行く。

どうでもいいが、どうして、山道はあんなに曲がるのだろうか。あんなところに道が必要だろうか。なければないで、こっちも通らんよ、なんて的外れな悪態をつく。

 

御殿場から山を降って、市街地を抜けて、沼津の海へ。御殿場の山から見た静岡の市街地、自粛で静まり返る世相と打って変わって賑やかに綺麗なこと。何をあんな時間に灯りが燈ることがあろうか。

 

途中、見慣れない24hの蕎麦屋で夜食を取る。スマル亭、こう言っちゃなんだけども、寂れた感じがいい。暗い田舎道の中にポツンと煌々と光る蕎麦屋。なんとも言えない。

安い蕎麦で思い出すのが、柳家喬太郎師匠の「コロッケ蕎麦」

https://youtu.be/8hGUS397nrg

存在感なくこっそり効いている素振りだけを見せる出汁、深夜の静けさでなけりゃかき消されるような蕎麦の香り、出汁の中で溶けてほどけていく桜エビのかき揚げ。深夜に知らない土地で食べるにはちょうどいい。

食後の一服に向かいのコンビニでカフェラテを買う。案の定、初めに買ったお茶は封すら開けられていない。

 

人工的に明けさせた沼津漁港の深夜は明るい。

 

さて、ずいぶん長いこと書いたので、続きは次回にしましょうか。

いつものことながら、お読みの皆さんは何を読ませれているんだと、お疲れのことでしょうが、考えても見ていただきたい。読んで疲れるものは書いても疲れるんです。偉そうにいうことでもないやね。

 

では、こりゃまた失礼いたしました。