本、映画、演劇、美術、テレビドラマにラジオといろんな文化に触れたい好奇心。茅ヶ崎の海辺からコカコーラ片手にぱーぱーお喋りしています。しばらくおつきあいのほど願ってまいります。

AM1:00-3:00

茅ヶ崎のゆとりがコカコーラ片手にラジオのような独り語り

習作「創るということ(3)」

 

どうもこんにちは。

 

前回、前々回と2回と続けて読んでいただいております習作の後編です。

習作「創るということ(1)」 - AM1:00-3:00

習作「創るということ(2)」 - AM1:00-3:00

 

ありがたいことに読むだけにとどまらず、感想、ご意見をいただきました。本当にありがとうございます。

私が書きたかったことが書けているのか、それが読んでくださった方にお伝え出来ているのか。そもそも、そのために私は書いているのか。

 

   昨日、演奏会で聞いた「牧神の午後」の気怠さを体に残したままCDと一緒にレッスンスタジオにいつもより二時間早く入った。流石にこの時間には先生も来ていなくて、誰もいないスタジオでウォームアップがてら、「牧神の午後」をかけながら、体を動かしてみた。スタジオの四隅に吊るされたスピーカーからスタジオの空気に溶け込んでくる、ゆったりとまどろんだフルートに体を預け、頭を空にし、スタジオを舞った。体の芯がなくなり、体と外気の境をなくした。ステップもターンも音楽の一部のように生まれて、つまり、ドビュッシーが振り付けさえも楽譜に書き込んでいるかのように舞った。気持ちよかった。というのも、後から思い出した感覚で踊っているこの時には私はそんなところまで意識がいかない。上に伸ばす腕はどこまで伸びていくし、後ろに蹴り上げる足はつま先のずっと先の空気を蹴り上げた。いつものスタジオが無限の広さに続き、天井がどこまで突き抜けた。無限のスタジオを私のターンはどこまでも回転し、私のジャンプはどこまでも跳ね上がった。

   しばらく、スタジオの扉が開いたことにも気付かなかった。ふと、鏡を見た時に先生が扉に寄りかかって見ていた。腕を組んで、左足を右足の前に組んで立っている。このポーズはいつも発表会のセンター決めのオーディションの時にするポーズだった。
体が今までの自由をなくして、急に動かなくなり、鏡越しに先生に軽く頭を下ろして会釈をしたが、急いで、体を先生の方に振り返って向けて、腰を折って挨拶をした。そのあと急いで、CDを止めた。
   「まだ時間じゃないんだから、好きにしてればいいじゃない」
   「すいません」何を言っていいか分からないから、とりあえずとっさに謝った。
   「謝ることなんかないじゃない。ドビュッシー好きなの?あんまりうちのスタジオじゃこういう曲やらないもんね。本当は私も前衛的な曲とかやりたいんだけどね。」
    扉があいて、生徒の一人が入ってくる。「おはようございます」と芸能人みたいに夕方でも「こんばんは」とは言わない。その子に続いてぞろぞろと別の子たちが入ってくる。時計を見ると、レッスンまであと一五分だった。みんな別の場所で体を温めてから、スタジオに入るのだ。そして、体を温めてきた生徒たちは鏡の前で、先々週の与えられた振り付けを丁寧に仕上げていた。今日がセンター仮決めのオーディションの日だとすっかり忘れていた。

 

   やっぱり原田はカレーハンバーグドリアしか食べない。
「ご注文繰り返させていただきます。シャインマスカットのミニパフェがお一つ、ハンバーグカレードリアがお一つ、ドリンクバーがお二つでお間違い無いでしょうか?」
   今さっき、原田がした注文を繰り返した。このパートのおばさんらしき店員さんは水曜と木曜は必ず放課後いた。木曜はレッスンのないの日なので、私が原田がここに来ることが多く、このおばさんと互いに顔見知りになっていてもおかしくない頻度で会っていた。
「そのさ、お前のハンバーグとカレー入れ替えるのいい加減にしたら?」
「いいじゃん。」
「いやでも、毎度店員さん引っ掛かってるてるような顔してるよ」
「だってさ、カレーはハンバーグにかかってるんだぜ。ドリアにはドリアでチーズの下にホワイトソースがかかってるんだから、カレーハンバーグとドリアだろ?ハンバーグの上にデミグラスソースがかかってて、ドリアのチーズの下にカレーがかけてあったらハンバーグカレードリアだよ。でも、ここはそうじゃない。」
   原田はこんなところが時々変に頑固なやつだった。
「このあいだの演奏会さ、」
「いいよ、どうせお前は来ないと思ってたから」
「いや、行ったんだよ」
「え?お前来たの?」
   とても無理矢理チケットを押し付けた人間の発言とは思えなかった。
「行ったよ。で、ドビュッシーの『牧神の午後への前奏曲』ってのがすごくよかった。最近、それで踊りたいと思ってる」
「へえー、よりによって俺が目立っちゃう曲じゃん。そんなによかった?俺のフルート」
「フルートの良し悪しは私には分かんないよ。でも、あの日、帰り道にCD買ってずっと聞いてるんだ。あの曲だと、なんだか身体が自由に空気と溶け込んで、いつもしない動きが浮かぶんだ。」
「東勇作って知ってるか?」
「いや、知らない」
「調べてみなよ。お前のテリトリーだから」
   原田はドリンクを取りに席を立った。私はスマホで「東勇作」の名前を検索した。手っ取り早いWikipediaには明治生まれのバレエダンサーだということが書いてあった。仙台出身の彼は、日本におけるバレエ草創期の先駆者的な人物だった。そして、彼が創立したバレエ団で初めて舞台にかけた作品が「牧神の午後への前奏曲」だったらしいのだ。自分が演奏する曲についてこんなに調べているところに原田らしさを感じた。
「調べた?」戻ってきた原田の手にはカルピスソーダがギリギリまで注がれている。
「すごいよな、当時の仙台なんてきっと何にもないぜ。そこで勉強してさ、東京出てきて住み込みで勉強して、日本のバレエを作るんだぜ? 」
「初めて聞いたけど、すごいな、この人」
「お前さ、毎日毎日一生懸命踊ってるけど、こういう歴史とかには興味ないわけ?」
   私は踊ることに興味があるだけで、歴史とかバックボーンとかには疎かった。
「踊ればなんでもいいと思うからな、私は」
「ふーん、そうか」
原田のグラスのカルピスソーダは空になり、ズズーっという音が店内に響いた。

 

    初めてスタジオで「牧神の午後」を踊った日から、毎日のように誰よりも早くスタジオに入り、何度も何度も「牧神の午後」で踊った。ある時から、先生も早くに来るようになった。最初はずっと僕が何度も踊るのを鏡の前でストレッチをしながら見ていたのに、「私もちょっと踊りたいな」と言って広いスタジオを舞って見せてから、私たちは二人で交互に踊るようになった。私が踊るときは先生が鏡の前に座り、私を見る。先生が踊ると私が先生を見る。この時の先生はいつもの先生と違い、何か分からないけど、解き放たれていた。レッスンの時と違う踊りをしていた。
「先生、東勇作って知ってますか?」四回目に私が踊り終えた時だった。
「この曲を最初に踊った日本人ね。」
「はい、彼もやっぱりこの曲を聴いて、体が自由になったんでしょうか?」
「うーん。それは私はわかんないけどさ、でも、今よりも情報がない時代に今のバレエを築くんだから、その情熱はすごいよね」
「踊るってどういうことですか?」
   脈絡のないとつぜんの質問に先生は驚いた様子も見せなかった。
「君さ、この曲で振り付けしてごらんよ」
   この言葉の方が脈絡がなくて、私は驚いた。
「自由にやりたいようにやりなさいよ。この曲で本当に自分の思う踊りができたら、もっと君が思っている以上のものが見えてくると思うわよ」

    次の日から、今まで「牧神の午後」で自由に踊っていた私は、振り付けをするという行為のために体動かなくなっていた。この曲を聞いても急に体が解放されなくなったのだ。それでも、毎日聞いて、毎日この曲に体を預けてみた。私に振り付けをするように言った日から、先生は時間通りにしか来なくなり、レッスン前の「牧神の午後」の時間は、また一人になった。開放感を失った時間は退屈で苦しくなった。東勇作はどんな風にしてこの曲と対峙したのだろう。何日も体が動かない日が続く。


   ある日のレッスン終わりに私は先生に呼び止められた。
「あの曲の振り付け進んでる?」
「先生、振り付けなきゃと思うと体が動かなくなるんです」
   先生はそんなことが、さも分かってたかのように笑って、
「バレエは形態模写じゃないのよ。動きに意味なんかつけてもしょうがないの。振り付けに意味なんかないの。でも、それを見ると客席はため息をつき、踊っている当人は舞台じゃないところへ行くの。その瞬間が気持ちいいんじゃない。ある? そういう経験? しなさい」
   私は先生の言ってることに原田がいう「音楽は意味付けをする行為」だという理屈を思い出した。それと同時には初めて横浜でみたプリマのことを幼い頃の記憶から引き出した。

   東勇作がどんな風にこの曲を踊ったのかはよくわかっていない。映像もないし、資料もそんなに残っていない。ニジンスキーという人のことを調べて、創ったらしいということがわずかに残るくらいだった。私は意味付けするとはどういうことか考えてみた。始めてこの曲を聞いた時の感動を、初めてこの曲で踊った時の広がりを思い出そうとしても思い出せない。

 

苦しい。

 

   いつのまにかそんな風に踊っていた。踊ることが苦しくなった。もうすぐでこの曲が嫌いになりそうだった。フルートが疎ましい。まとわり付くのを振り払いたくなる。何をしたら、自分が満足するのかわからないのに、私は踊っている。踊れている感覚をなくして踊っている。それは踊るという行為のなのか? 私は踊ることと表現することと、そして、創ることとがわからなくなっていた。

   いつものようにレッスン前に「牧神の午後」で踊っていると、先生がスタジオに入ってきた。今できているところを見せてみろと言う先生に、私は微塵も出来ていないことを告げた。そして、今自分が苦しいことも話した。先生に振り付けをするように言われてから、二週間が経っていた。
「踊ることが苦しいの? それとも創ることが苦しいの?」
「多分、この曲だと苦しくなるので、踊ることじゃなくて、創ることなんだと思います。」
「じゃあ、もすぐ出来るわ。苦しまずに形にしたものを持ってきたら、どうしようかと思ったの」
   先生は笑ったが、私にはますます分からない。
   ただ、先生は私が苦しんでることを正しいとは思っているようだった。

 

  完

 

 

最後、私と先生が「創る」ことを通して、何を感じあったのか、どうしても私(書いてる人間)には見えてこなかったので、なんだかこんな終わりになりました。

ここまで、ありがとうございました。

 

では、こりゃまた失礼いたしました。