本、映画、演劇、美術、テレビドラマにラジオといろんな文化に触れたい好奇心。茅ヶ崎の海辺からコカコーラ片手にぱーぱーお喋りしています。しばらくおつきあいのほど願ってまいります。

AM1:00-3:00

茅ヶ崎のゆとりがコカコーラ片手にラジオのような独り語り

そういうわけで、今私が読みたいことを書いてみた

 

どうもこんばんは。

 

先日、青年失業家の田中泰延さんの「読みたいことを、書けばいい。 人生が変わるシンプルな文章術」を読んでみた。

「書きたい」という供給と「読みたい」という需要は、誰もが書いた雑文が垂れ流されるインターネットという場の誕生のおかげでめちゃくちゃなアンバランスだ。地方競馬場で3万も馬券買えば狂ってしまうオッズみたいなものだ。馬券を買うことはおろか、競馬場に行ったことすら私はないが。

 

かくいう、この乱文だって、インターネットが狂わしてくれたオッズのおかげで垂れ流されているわけだし、ほんの数名の物好きな方が読んでくださっている。本当にごくごく寸毫の方だ。私はそれで構わない。別に何か仰々しいことを世間に表現したいとか、世界を変えるような大義名分があるわけでもないから、読者の人数は問題ではない。ただ、私が思ったことを後で読む私のために残しておきたいと思うから書くわけだ。

内容よりも読者の人数のことを考えれば「N○Kをぶっ壊す!」と言っている方がおそらく数はいくだろうし、滝川クリステルと結婚した方が、話題性がある。当然この場合は石破さんがいい顔をしないことを考慮する必要はあるけど。

 

読み手を想定せずに、自分が読んで楽しいものを書きなさいということについては実践済みだった。この本を買って読むまでもなかったな、と見くびっておく。

次に足を使って調べた事象に対して生まれる心象を起承転結で書きなさいというのだ。

これは目から鱗、鼻から鶏冠、ついでに、口から水掻きだった。特に、軍靴が聞こえてくるコード進行は、往年のビートルズのように聞こえ、それでいてどこかモーツァルトの落ち着いた響きを持って、三善晃の身の毛のよだつ不気味な音もした。そんなわけはない。そんな音楽を創れるなら田中さんは失業している場合ではない、すぐに伊福部昭の「管弦楽法」でも読むべきだ。

軍靴のコード進行は例えの引用だ。この本を読んでいない人は訳が分からないだろうから、音楽の勉強のつもりで読むことをお勧めします。読んだとて、三和音すら理解は出来ないだろうけど、それよか面白いことは見つかるでしょう。

 

では、今、私は何が読みたいかなと考えてみる。

実はここからが本題だったりする。とんでもなく長い枕だ。寄席の噺家だったら、これだけで高座を降りる時間だ。こんな噺、前座はなんとネタ帳をつければいいのやら。

 

職場のバイト君が夏目漱石の「こころ」について私に意見を求めてきた。

急なことだったので、「別に最高裁が何も言わないんだから、現行の憲法に反してないんじゃないかな?」と答える私。それは「違憲」だ。そんなこと言っていない。

本当のことを言えば、同じ頃に学習院漱石が講演した「私の個人主義」を引き合いに出して、個人に根ざした「自我」について互いに思うことを交換した。引き合いに出しておいて、「私の個人主義」を読んだのは高校生の頃で、マンモスと戦ってた頃の話だ。覚えているわけもない。そこで読み返してみた。

 

冒頭の漱石学習院で講演をやるまでのはこびの件はおいておく。そして、漱石は学校を出て、教員時代の不愉快の話をする。別に、教育者としての志があったわけではない漱石。ただ、語学に長けていただけでやり過ごす教員生活は「なにかをやり遂げたい」と思う漱石にとって、漱石を閉じ込め、身を封じる「嚢(ふくろ)」だったのだ。この嚢にとじこめられ、先の見えない心持ちが不愉快だったのだ。漱石が28歳。のちに「坊ちゃん」の逸話となる松山での頃の話だ。

そんな袋小路の漱石は国からの勧めで、何の目的もなしにロンドンへ留学する。そこで、日本人ということを再認識し、日本人としての自我、自己本位、そして、帝国大学で学んだ英文学の無意味を思い知り、文学の本義を問いただそうと試みる。それこそが「嚢を破る錐」であると。何を成し遂げようか見つけられず、陰鬱とした漱石。やっとロンドンでその懊悩の濃霧が晴れた。この時、漱石33歳。

 

ああ、今私は教員なんだ。私は今松山にいる。嚢の中だ。懊悩の濃霧だ。

 

ちょっと前に「やりたくないこと」が多すぎるとぼやいた。

理不尽の握り - AM1:00-3:00

 

しかし、これは私を不愉快の中に閉じ込める嚢を破る錐を本気になって探してないんじゃないか。お札になるような人だって33歳までうだつが上がらず、鉱脈を掘り当てようと鶴嘴を振り下ろしていたのだ。25歳の私よ、せめて鶴嘴ぐらい握れよ。

その後、漱石は38歳で「吾輩は猫である」を発表する。

 

いま、私が読みたかったものは、今の自分の状況を偉人と比べてさほど劣っていないし、卑下することもない。ただ、本当に自分のやるべきことをやっているのかと問答し、鼓舞する文章だったのだろう。

 

これからも自分が読みたいことのために書き続けます。それがたまさかみなさんも読みたいものであったらいいなと。まあ、ハレー彗星に跨った恵比寿天が、ディープインパクトに跨った武豊に勝つくらいな奇跡でしょう。

意味がわからん例えだ。

 

では、こりゃまた失礼いたしました。