2018年締め
どうもこんにちは。
いつからか大晦日もなんでもない日になってしまった。それは私が家元を離れて、一人で生活するから年末らしいことをしなくなったこともあるだろう。でも、それ以上に街全体がなんだか年末を掠れさせてる雰囲気があるようにも感じる。
クリスマスが終わった26日に一番年の瀬の感じる。クリスマスが終わった途端に「クリスマスが終わると今年もあっという間だね」 なんて一年の終わりにしみじみする。
とはいっても、あと1週間近くあるわけで、そこから日に日に口では「あと○日」なんてことを言いながら、肝心の年末感は薄れていく。そして、いよいよ年末の真打ち登場、大晦日。大した感慨もなく、薄れきってしまったいつもと別段変わることのない大晦日を過ごす。周りのチェーン店もいつと何食わぬ顔で24時間営業しているわけで、いつもとなんら変わらない。
かくいう私は、掠れきったような大晦日の下北沢の街へ今年最後の観劇へ。月刊「根本宗子」の「愛犬ポリーの死、その家族の話」を。
劇作家としてというよりはラジオパーソナリティとしての方が馴染み深い根本さん。初めて彼女の作品を観るので、ワクワク。先だっての「睾丸」ではケラ作品に女優として好演。なかなか楽しみ。(15時51分現在)
ここからは、観劇後の私です。
これから、八王子に向かって、駅近でコンビニをオーナーをする友人の元へ。年越しをコンビニとはなんとも不思議なもんで。バイトをするとかでなく、ただ、いっしょに蕎麦をたぐる。いいね、たぐるなんざ、江戸っ子だ。
さて、今観てきた月刊「根本宗子」の『愛犬ポリーの死、その家族の話』については、また後日。
こうして、2018年も終わってく。
今年の反省ね。そうね、今年も私は変わらなかった。いい意味もあるようで、ほとんどが悪い意味。来年こそは、と思えど、こうして生きてきた24年間。25度目の正直があろうものかしら。それでも、懲りずに来年の抱負なんかを掲げてしまう。
その内容はほとんど今年と同じ。みっともない。いや、誰が見とうもないのだろうか?誰に見せるものでもない。
…ってことはないが、ここはそういうものを吐露していくために始めたのだ。構うものか。来年の抱負が今年と同じだろうと、明日の私が新年の抱負を掲げる気になっていたらば、掲げる。
今年、一年お読みくださった方々、よくもまあお付き合いくださいました。お礼申し上げます。
来年も続けていきたいとは思っておりますので、呆れてっらしゃらなければ、お付き合いくださいまし。
では、いい新年をお迎えください。こりゃまた、失礼いたしました。