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茅ヶ崎のゆとりがコカコーラ片手にラジオのような独り語り

3億で建てれちゃう美術館って中途半端じゃない…

 

どうもこんにちは。

 

昨日からツイッターで話題になっている某お笑い芸人の美術館募金強要ブログ問題について。

私はこれが非常に不愉快で、気色が悪くて仕方ありません。

 

自分が美術館を設立した為にこさえた3億の借金返済のためにみんな募金して、俺を助けろと、見過ごす奴が下衆だと。

この発言の根底には「俺が作るものはみんなに望まれている、その俺が作る美術館もみんなのためになるものだ。つまり、みんなのために生活かけて3億の借金をするんだから助けて当然、見過ごす奴は下衆。だってみんなのために作った借金だもの」って考えがありありとしてますよね。

でなければ、こんな突拍子も無い発想にならない。

 

で、こんな考えを持った人間の作るものはたかが知れてて、面白くなんかないんです。

私のこの「面白くない」という発言の尻尾を掴んで、「それは個人の感性だ」というんでしょう。そうでしょうよ。それは個人の感性ですよ。

あなたの作品をいいと評価して、美術館に賛同するのも個人の感性ですよ。そして、その逆のあなたの作品を評価しない、美術館に賛同しないのも個人の感性です。しかし、あなたの「見過ごす奴は下衆」という発言は、「美術館に非協力的な者=俺の作品を評価しない奴は下衆」と換言出来ます。

 

みんながみんな、あなたの作品、そしてそれが並ぶ美術館が町興しにひと役買って、なおかつアートとして評価され得るものだとする感性を持っているわけではありません。むしろ、世の中にはその逆の人の方が多いのです。

世の中の半数以上の人間から自身の作品を評価されている創作家なんて学校の教科書に出てくる人ぐらいなもので、多くの創作家は批判の声の方が多い中で創作活動をしているものです。

 

あなたの美術館然り、関心のない、評価しない人の方が多いのです。それらをくくって「下衆」だというにはあまりも乱暴すぎる。

自分の作品を評価しないから全面否定するなんて、感性のレイプも同然です。

 

ここまできて、3億の借金に生活が懸かっていることについて言及してないと指摘を受けるかも知れません。

それについて触れるならば、3億の借金に生活が懸かっていることなど、作品で心が揺り動かせれなかった人間には関係ないんです。だって、感動しない絵はただの紙切れです。心が動かない音楽はどんなに高い技術でもって演奏されていても雑音です。

ならば、感動させる作品を生み出せない作家の借金は生活が懸かっていようが、いまいがただの借金です。競馬で作った3億の借金、風俗で作った3億の借金となんら変わりません。

 

そんな借金になぜ一銭でも支払わなければ、いけないのでしょうか。

それよりも作家自身が自分の作品にそんなにも自信持っていることが不思議でなりません。

 

私は創作活動とはもっと葛藤を孕んだものだと考えています。

自身の中で創りたいものと実際に形になったものとの落差に創作家は苦悩するのです。もっと頭の中の創作本能が作り出した作品に近づけようともがくんです。

本当に何かを創りたいと思う人間の頭の中には、滅多なことで形にならないものが、作り上げられているのです。

自分の作品に自信が持てるということは、頭の中で作り上げたいというものがその程度のものでしかないんです。それしきの創作本能でしか動いていないんです。

作品だってそんなもんです。

だったら美術館に賛同する人間だってそんなもんしかいないんです。

世の中は下衆なやつばかりです。でも、その下衆こそが正しい審美眼の持ち主です。

 

とはいえ、本物がまかり通らない、本物の価値が転覆したこのご時世です。あんなんでも評価されるんですかね。

「神は死んだ」と新たなカ価値観を示したニーチェの嘆きがわかるような気もします。

 

本物は死んだ。

平成の次ぎに来たる新たな時代の新たな価値観かも知れません。

 

では、こりゃまた失礼いたしました。