なんだって無駄。みーんな無駄。
どうもこんにちは。
最近、自分が将来的にやりたいお店について空想していて行き着いてしまったことがある。
世の中無駄しかないのだ。
という実に身もふたもない考えだ。
これにたどり着くまでの軌跡を辿ってみるとこうだ。
飲食店って結局あってもなくてもいいんじゃないか。料理って必要に迫られればみんなやるじゃん。誰でも出来ることなんだからいらなくないか?、がスタートラインになっている。
じゃあ、そこでないと出来ないものってなんだと考えてみると、なにも出てこないのだ。本当になにも。なんかしら出てくるだろうという期待を見事に裏切る背景にはこんな考えがいた。
無いなら無いでなんとかなる
という考えだ。
うちから一番近いコンビニ。うん、ないなら無いでなんとかなる。
お気に入りの魚料理屋。うん、なければ他所を探そう。
週の半分は入り浸っているジャズバー。うーん、なくなんないで欲しいけど、:最悪うちでCDかけたっていいんだ。
世の中に本当に絶対になくてはならないものなどないんだ。
次にこれがとんでもなく恐ろしいものにも代入出来てしまうことに気付いた。
居ないなら居ないでなんとかなる
そう。物だってなくたっていいんだから、人だって居なくたっていいんだ。
それはつまり、私だって居なくていいということ。
職場?私がいなくたって、そりゃちょっとはシフトが回らないだろうけど、すぐに募集かけて穴は埋まる。
友達?月に1回合うかどうか程度の友達、会えない時間の方が長いんだから、私がいなくてもいいのかもしれない。
私が絶対に必要な場所なんかないんだ。私はいなくても世の中が回る「無駄」なのだ。
そんな私がどんなに充実して生きようと「無駄」だ。
どんなお店をやろうと「無駄」だ。
だったら、とことん「無駄」をやろう。
充実して生きてどうなる?ー私が満足する。
私が満足してどうなる?ー……。
じゃあ、無駄じゃん。
でも、その無駄で世の中は出来ている。だったら世の中だって無駄なんだ。
私の好きなものをこだわりを集めて、みんなで感じて、語り合える。あわよくば、そこから何かが生まれてくるような環境を作りたい。
一方の壁いっぱいに並ぶ私の好きな本。おんなじ本が、作家が好きだと言う人たちが顔を向かい合わせて語り合う。その共感が喜びになる。
他方の真っ白な壁に映る私の好きな映画。おんなじ作品、監督、役者が好きだと言う人たちが集って何か始まるワクワクを互いに感じ合う。
ただみんなで音楽を聴き合うだけでもいい。ジャズ、クラッシック、吹奏楽、ロックなんでもいい。「これ聞いてみて!」ものをみんなで聞いて、あれこれ思い合う。言い合う。
もちろん、中に好きじゃないって人がいてもいい。じゃあ、そう言う人が好きなものをみんなで語ろうじゃないか。
そういうやって無駄だけを無駄にたくさん集めてみたい。
きっと無駄だけど、ワクワクすると思う。
そんな「無駄なダム」を作りたい。
無駄だけど、無駄だからこそいいんだ。
では、こりゃまた失礼いたしました。