なんてたってジョニー

茅ヶ崎のゆとりがコカコーラ片手に

星新一はまだまだずっと先

 

どうもこんにちは。

 

今日はちょっとした用で渋谷まで。

久しぶりの都会。喧騒さが静かにしんみりさせる懐かしさ。

 

茅ヶ崎に越してくる前は、新宿まで電車で乗り換えなしの30分強のところに住んでいて、仕事、まぁ厳密には仕事と言えるほどのことじゃないんだけど、は渋谷近辺から都内をグルグルしていたので、都会のうるさい感じはずっと身近にあったね。

 

そういう環境で育ったせいか、小学校低学年の時に初めて星新一を読んだときは、自分が大人になる頃にはこんな世界になってると確信に近いものを持っていた。

そこに未来に対する希望とか、逆に反感みたいなものはなく、当たり前のことを言ってるんだと、天気予想みたいな感覚だった。

私の頃にはSFは結構あったし、きっと私より年上の方たちほどのセンセーショナルさはなかったからってのもあるんだと思う。

 

N博士が発明する薬、全部を機械が支配する世界、そんなものはすぐ目の前の未来だと思ってた。

 

茅ヶ崎に越してきてすぐのこと。だから、6月始め。荷解きしようと段ボールを開けるとびっしりの文庫本。

 一番上にあった星新一を久しぶりに手に取ってみる。

 

あーこの感じだ。

淡々と語りかけられるのに、S氏は何かに急いでいる。迫られてる。

理想なのかどうかもわからない無機質な未来。

久しぶりに読むと、星新一のアイロニカルな書き方にハッとする。

昔はこの無機質さが当たり前のことを書いているように思わせていたけど、そうじゃない。星新一はこんな未来は情けないねって語りかけていたんだ。

久しぶりに読んだ私は、そのアイロニカルさが面白くて、星新一の書く未来に嫌気がしていた。

 

ちょっと読んで、茅ヶ崎の街を思い出すと、都会の喧騒さは全くない。

駅から5分も歩けば、空を囲う高いビルもない。早い話が田舎だ。

この街が変わらない限り、星新一のいう未来は来ないなと安心。

 

部屋に流れるFMラジオのジャズが「ボッコちゃん」の最後のシーンと重なる。

星新一はまだまだずっと先ね。