本、映画、演劇、美術、テレビドラマにラジオといろんな文化に触れたい好奇心。茅ヶ崎の海辺からコカコーラ片手にぱーぱーお喋りしています。しばらくおつきあいのほど願ってまいります。

AM1:00-3:00

茅ヶ崎のゆとりがコカコーラ片手にラジオのような独り語り

想像力の欠けた船頭が漕ぐ泥舟、それは文化・芸術の敗北に等しい

 

どうもこんにちは。

 

世の中は新型コロナウィルスのことでいっぱいだ。物心ついた時から、テレビ画面の向こう側から笑わせてくれたコメディアンも犠牲になった。その一方で、計り知れないほど大きな失望を伴うその死を「最大の功績」という想像力が甚だ欠けた一言で片付けてしまう人もいる。どうして、彼の死が国民に対する意味しか持たないのだろうか。どうして、自らが執り行う行政の不手際も起因していると、自らの反省を促せないのか。想像力の乏しさが、人の不安を思いやることのできない愚かさが、日々、国家でも都政でも露呈している。

 

こういう時世になると、やはり真先に切られるのは、文化・芸術というおよそ物理的な生産性のない分野なのだ。ライブハウスには行くな、準備中の公演は中止しろと、それに関わる人間の生活など、気にも留めずに言い放つ。

そのことでどうなるだろうか、という想像力が乏しすぎるのだ。普段あってもなくてもいいと思っている文化・芸術が本当になくなることでどうなるだろうか、と考えが及ばないのだ。有事の際に、想像力の乏しさが露見するのはなにも矢面に立つ人たちではだけない。目の前の情報の信憑性を一度も疑うことなく、踊らされ、家を米やらトイレットペーパーやらでいっぱいにする愚者や、自分のことだけを考えて、目の前の人間を心ない罵声で蔑む者まで街にいる。

 

その想像力の乏しさは何が原因であろうか。私はその者達が文化・芸術に触れてこなかったのだろうと思う。

 

物理的な生産性のない文化・芸術の類が、私たちにもたらしてくれるものは、間違いなく精神的な成長だ。その最たるものが、想像力である。本読むにしても、映画を観るにしても、音楽を聴くにしても、私たちは何かを思い、何かを考え、何かを言葉にしたりする。それは想像力を使う練習のようなことをしているのだ。

先に述べたような愚者達は、こうした文化的なものに触れてこなかったのだ。仮に学校などで触れていたとしても、彼らは作品から感じたものを言葉にするのではなく、教師から求めらているであろう「正解」の言葉を導いたに過ぎないのだ。そんなことの所産は想像力を働かせたとは言い難く、文化的な体験とは言えない。

 

今、我々が対峙している局面は、新型のウィルスの拡散による恐怖ではない。それ自体は本来、我々が正しく把握し、理性的に動けば、恐るに足らないことだったはずである。しかし、ここまで事態が大きくなったのは、文化的な体験による想像力を著しく欠いたもの達が先頭に立って事態を収めようとしていることなのだ。そして、想像力の欠いた者たちは、想像力を培うはずの文化・芸術を滅ぼすことで、収集をつけようとしているのだ。

文化・芸術がなすべき役割を担えなかったことで、文化・芸術が潰れようとしている。それが今、我々が目の前にしている最大の問題だ。

 

ここで、文化・芸術が潰れては、この事態はおそらく収束しない。

 

まあ、マスクを2枚配れば、この難局がなんとかなるなんて言うんだから、想像力もへったくれもない。

この時世に、感染の予防に余念がないのは当然のことながら、私は無駄をやめない。こうして、今まで通りの駄文を書いたり、読書に映画に観劇に、一銭にもならない思考で生活を埋めたい。

もちろん、今後のことについては不安が大きい。世界中にウィルスに蔓延して、鎖国状態が広がり、世界経済が傾きかけている。それでも、こういう時にこそ、無駄がいいんじゃないかと思う。

 

こういう時に、そういう無駄から省こうということがどれだけ浅はかなことか。

こういう時こそ、無駄をなんとか守ろうってのが大事なんだろう。それが有事の際の人間の拠り所になって、次に向かうための想像力になるだろうか。それが次の時代を作るのではないか。戦後の笠置シヅ子のように。

言いたいことを勢いに任せて書いて、ちょっと支離滅裂ですね。

 

では、こりゃまた失礼いたしました。

 

 

吉祥寺散歩記

 

どうもこんにちは。

 

ちょうど先週の話です。

 

木曜の深夜から八王子の友人宅で、厳密に言えば、友人が経営するコンビニで一晩過ごす。季節の変わり目には必ず会うので、思い出話をするというよりは近況報告と世間話。

たとえば、今回はコロナについてとか。

 

余談で言うけども、世間はコロナ、コロナと騒ぐ。しかし、たまたま顕微鏡で見たら、ウイルスが新型だと気付いてしまっただけで、それに気づかなければ、例年通り何人かがコロナで亡くなったに過ぎないのだ。問題は新型だと気づいたことにあるのではないか。顕微鏡なんてものがあるから、新型だと気付いてしまったし、煩わしく、馬鹿を煽っているのだ。この騒ぎの原因はどう考えても、顕微鏡の誕生にある。顕微鏡を生んだハンス・ヤンセン氏とその子、ツァハリアス氏にこそ責任があろう。

なんてことは、どうも本気では思っていない。

 

金曜日の朝方、銭湯で朝風呂に入り、蕎麦をたぐって別れる。

八王子の改札を抜けて、相模線に向かう道すがら。天気がいいし、このまま茅ヶ崎に帰るのももったいなかろうと、踵を返して中央線に乗ってみる。少し、ウトウトしたのち、目が覚めたのが吉祥寺なので、いい街だ、降り立ってみる。

が、改札を抜けて驚いた。そこらにはびこる人。人。人。無数の人。アホみたいに人がいるのだ。コロナで外出しないのではないのか、都民よ。

 

人がいない方にいない方にと歩いていくと、どこだか知らないところにたどり着く。

そこで見つけたカフェがMIMIさん。Cafe MIMI 吉祥寺南町のフレンチカフェ & 雑貨

 

天井にも壁にも、四面楚歌の雑貨。そのどれもが日本のものではないようだ。

そして、ソファの後ろにはフランスにまつわる本が並んでいる。フランスの旅行本、仏語訳された日本の漫画、フランス料理のレシピ本。中でも目を引いたのが、伊丹十三さんの「ヨーロッパ退屈日記 」。くだらないんだけど、奥があるように思えて、よく目を凝らすとやっぱり張りぼてだったみたいな騙し絵随筆集のページをめくりながら、アイスコーヒーとクロワッサン、オレンジジュースのセットを待つ。

ページがすこぶるめくられる。いつもより1.5倍速でめくられる。

そのうちにサクサクのクロワッサンが届く。小さなコップに入ったオレンジジュースが嬉しい。

賑やかな店内と静かに笑わせてくる文章とバターの香りいっぱいのクロワッサンと。こんな朝ごはんで始まるんだから、いい休日は決まったようなものだ。

 

駅に戻ると相変わらずの人だ。

駅ビルの中なんかはごった返した人で溢れている。嫌気がさして、パルコへ。

映画でもみるかと、アップリンクのタイムテーブルを見てみると、名前が聞いたことある程度の見知らぬ映画が一本、時間的にちょうどいい。

「ピーナッツバターファルコン」映画『ザ・ピーナッツバター・ファルコン』公式サイト

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未来を希望でいっぱいにして、自らの手で切り開いていく勇気に溢れた、推進力。旅の景色を飾るアメリカの大自然

思い切ってみることが人生が何よりも豊かにする。誰のためでもない。自分のためにさえ、豊かになれば、その思いっきりが

周りをも変える。大人も子供ない。健常者もダウン症もない。女と男だってない。できるかできないかでもない。勇気があるかないかだ。

今の自分を鑑みて、何か周りを巻き込む勇気ある推進力を持って生きているだろうか。

 

この日、勇気を出したことといえば、クラフトコーラを飲んでみたことだ。コーラ好きの私からすれば、これは相当な勇気だと言っていい。少し話題になっているのは知っていたので、ここにあったかという発見に近い感動。

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西荻に暮らす友人。と言っても、昨年までうちの職場でアルバイトをしていた社会人一年目。映画の前に連絡とっておいたら、針治療後に合流するという。ちょうど私の映画が終わる頃だった。

初めての井の頭公園をぐるっと回る。花見禁止のアナウンスが終始流れる中、池の上を行くたくさんの白鳥たち。その周りを行きながら、村上春樹の悪口言ったり、又吉直樹の私的楽しみ方を発表しあったりする。何気ないタイミングの何気ない一言で、互いを笑わせようという会話のヒリヒリ感が徹夜明けの眠気には一番効く。村上春樹の10ページの短編など、出てくる男の着ているシャツの描写できっと終わってしまうだろうなんて笑いながら行く井の頭公園は陽も落ちかけて涼しい。

 

一時間程度の散歩で別れて、東京へ向かう。

東京から湘南新宿ライン茅ヶ崎へ。先日の夜から続く長い1日が終わる。

 

常に左脳は眠気。ぼんやりする右脳で思いつくままの吉祥寺散歩、これにて。

 

では、こりゃまた失礼いたしました。

 

 

ライナスとインプット

 

 

どうもこんにちは。

 

1ヶ月と少しの間、書かずにおりました。

まず一つには、キーボードの「G」と「H」が反応しなくなってしまったから。なんと言ってもこれが1番の理由でしょう。

こんな駄文しか書かずとも、やはり、使い慣れたキーボードが一番で、これでないと何か落ち着かない。

ネットで探したり、取り寄せたりで、時間がかかる。なんせ、先代はAmazonで見つけた一番安いものだったので、メーカーも何もわからない。

 

そんなキーボードを探しながら、「ライナスの毛布」と言う言葉を思い出す。

スヌーピーを見たり、読んだことはないのだが、「ぽっかぽか 」という漫画の何巻かの何話目かにこの言葉が出来てきたのを思い出したのだ。

たしか、あすかのお気に入りのぬいぐるみがなくなったのだ。時を同じくして、父の会社の部長が肩叩きで退職することに。部長の送別会の帰り道、あすかのぬいぐるみの一件を同僚の中村が父にいうのだ。「会社もライナスの毛布じゃダメだな」って。確か、そんな話。

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ずっと青い毛布に依存し、離れらない男の子。私たちは、いつでも結局何かに依存して、離れられなくなってしまっている。

あってもなくてもいいような何かに必死にしがみついている。一歩離れてみれば、どんなに滑稽な自分が映っていることだろう。

時々、私が自分の足で立っているのか不安になる。

 

本当はこんなことを書こうと思っていたのではないのですが、キーボードの話からまろびて、こうなりました。

 

あ、最近のインプットしたものをとりあえず、書き出すだけ、書き出します。

 

「パラサイト」

素晴らしい。ラジオで佐久間さんが「入口と出口が違う映画」と絶賛していたけど、コミカルでテンポ良く、スパイ映画のようなハラハラもあり、でも、言葉に出来ない人間の不条理な感情で犯してしまう殺人。途方もない夢にすがろうとするラストは夢か現か…。

 

「グットバイー嘘から始まる人生喜劇ー」

何もいう気になれない。原作のケラ戯曲の何が面白いのか分かっているのだろうか?改変されたキャラクター、ストーリー、設定のすべてが陳腐になり下がっている。

 

「新聞記者」

リアリズムの本質を見た気がする。なるほど、今の日本の国のあり方、マスコミのあり方、民主主義のあり方がある。ただ、「リアルだな」と私たちがそのリアリズムを楽しめるのは、物語に感情移入出来るのは、映画だと、つまり、虚構の世界だと認識しているからだ。虚構の中だからこそ、現実を模倣することができ、リアリズムを感じることが出来るのだ。現実が現実を模倣することがないのなら、現実にリアリズムは存在しない。

ならば、あの勇気に救われるラストの展開もやはり「虚構」でしかないのだ。それは現実に生きる私たちには、恐ろしい事実ではないか?

カメラワークと照明が素晴らしい。横から見るビルの屋上。キスをするのかと思わせるような西陽の当たり方。

 

伯山ティービー「畦倉重四郎」

YouTubeで講談をっていうから、もっと笑えたり、新作だったり、とっつきやすいものかと思ったら、いきなり重たい続き物だ。それでも、ひきつけてしまう。すごいじゃないか。演芸って瓢箪のようなものだと思っている。入り口は狭いが、ちょっと入ってみるとぐわっと間口が広がる。神田伯山、瓢箪の狭い入り口を姑息なことをすることなく、ただ、芸の腕のみで広げてしまった。

神田伯山ティービィー - YouTube

 

鬼滅の刃

アニメなんか本当にみやしないが、周りから絶賛の声しか聞こえないので、観るしかない。

面白い。主人公と鬼の間の感情の動きがいい。悪が悪のみでない、2面性見たいものが物語に推進力を持たせる。グラフィックがどうとかっていうことはわからないが、戦闘シーンの迫力がすごいことはわかる。

 

初恋温泉 (集英社文庫)

吉田修一氏の短編集。出掛けたら手持ち無沙汰だったので、ブックオフで買ってみる。サクッと読んだ記憶。

 

子どものための哲学対話 (講談社文庫)

私は全く世界のどこを見て生きているのだろうか、と自問自答する。「こどもの」とあるが、大人のための対話だ。いつのまにか当たり前だと思っていたことが、言われてみればわかっていない。なのに、なんで疑問にすら思わないのか。疑問に思うことから始めないと。哲学の一歩手前で私が止まっていた。

 

さて、新しいキーボードも来たことだし、これからまた駄文を書き続けます。

お時間がありましたら、お付き合いのほど、願っておきます。

 

では、こりゃまた失礼いたしました。

 

 

一中通りの散歩録

 

どうもこんにちは。

 

私はわりと生活の中に読書というものがある方で、出かける時も必ずカバンに2冊は入れている。ちょっと難しい学術書と気楽に読める小説。最近は、「太宰治を全部読む(太宰治を全部読む)」と云う企画を始めたので、太宰の全集を入れていることもしばしば。

紙ベースの本が停滞し、電子書籍が幅を利かすこのご時世に、本を3冊もカバンに入れるなんて、時代錯誤も甚だしい。ましてや、情報としての価値が重んじられ、自己啓発の類が本屋の棚を侵略する今の時代に、学術書に小説だ。まして、太宰なんざ流行りもしない。

それでも、やっぱり本を開きたい時に、紙の手触りで開きたい。

 

自己啓発本は読まない。理由はいくつか。

まず、人に啓発されて動き出すくらいなら、動かなくてもいいと、思ってしまう。

自分が動きたいから動くのだ。なのに「すぐやる」とか「続ける」とか、人に言われないと上がらない腰なら、上げなくても良いではないか。

で、自分から動こうと思う。そう思った人が、方法を人様から教わろうなんて、本当に動く気あるのかい?と思ってしまう。動きたくなって、はじめにすることが本を読むと云うのはいかがなものかと。動きたくなったら動くだろう。街に出るなり、手にしてみるなり、書いてみるなり。じっと座って本なんか読んでたらもどかしくてしょうがない。なんせ、動きたいんだから。

方法なんて、動き出してはじめて考えるものだろう。そもそも、試行錯誤して自分のやり方を見つけていくことにこそ、動いていくことの一番大きな意味があるのに、動きもしないのに方法も何もなかろう。

 

そう云うわけで私は自己啓発本は読まない。

 

ただ、知り合いに面白い本と渡されたのが、この類だった。

効率よく勉強する方法を書いた本。どうして、あなたの方法が私にも効率がいいなど言って、1300円も取れるのだろうか? あなたと私では頭蓋骨の中の脳みそが違うのに、などと悪態をつきながら、ページをめくってみた。

目次に並んだ嘘くさい項目の中に「始める前に20分散歩する」というものがあった。他のものの嘘くささが際だったせいか、これだけは本当のことかもしれないと、なぜか思たのだ。もっとも、私が歩くのが好きなせいかもしれない。

 

まあ、信用もしていない本を眺めるのに5分も使ってしまった。その5分を取り返すつもりで、ひとつ散歩してみようと、始めて2年目に入るドイツ語の学習の前に実行してみることにした。

出勤の前に30分から40分の時間を使って習慣化した語学学習。その前に20分、散歩してみることに。もちろん、携帯など持たず、コートの右ポケットに財布、左ポケットに文庫本。身軽に歩く。

 

どうせ歩くなら、知らない道を歩いて、新しい景色を見ないともったいないという気がして、海沿いへ出て江ノ島方面へ。しばらく行くと左手にあるのが、一中通り。自転車で走り抜けたことはあるが、ゆっくり歩いたことはない。ちょうどいいので、一中通りを駅方面へ。茅ヶ崎でも高級と言われている住宅街にはレプリアかのような家が立ち並ぶ。オシャレなバルコニーでは今にもロミジュリが始まりそう。体がホカホカ暖かくなる。なるほど、勉強していて乗ってきた時と同じような感覚になる。

 

道すがら、初めて聞いたコーヒーのロースターを見つけた。「I don’t know coffee(i don't know coffee roaster)」さん。小さい店から漂う焼きたての珈琲の香り。これはここまで歩いてきた甲斐がある。早速、お店の中へ。大きな焙煎機も、店内の装飾も、瓶に並んだ数種類の豆もいい。

色々眺めて、深煎りのグアテマラを購入。早く帰って飲みたくて、そそくさと家路を急ぐ。これだけ収穫があれば、散歩した甲斐がある。いやはや、滅多に読まない自己啓発本もたまにはいいことを書くではないか。

 

帰って、豆を挽いて、珈琲を淹れる。刺激のないコクのある苦味の後に舌に残る甘み。美味しい。何よりも珈琲を淹れてる最中、特に蒸らして時の香りが気持ちいい。

淹れたての珈琲とともに机に向かって勉強を始める。今日は散歩もしたし、さぞ捗ることだろうと思って時計を見ると、もう家を出る15分前。20分のつもりの散歩が1時間近くも歩いてしまったのだ。

とんでもない。結局、今日やる予定だったことは半分も出来ないではないか。誰だ、勉強する前に散歩しろなんて言った奴は。

 

結局、自己啓発本を信じてしまったが故にこんなことに。

やっぱり私はこの手の本を信じない。

 

では、こりゃまた失礼いたしました。

 

創作後記ー習作「創るということ」

 

どうもこんばんは。

 

前回を含め、前中後編の三部で拙作「創るということ」をご高覧いただきました。お付き合い頂きましてありがとうございました。

自分が振り返って読んでみても、拙い点ばかりで笑えてくるものです。

 

本当にありがたいことに感想のコメントもいただきました。

思わずハッとするご意見で、ありがたいばかりです。あんなものを読むだけでも時間の浪費なのに、コメントを書く時間まで使わせてしまったと、なんだか申し訳ない気すらしてきます。

 

そんなありがたい言葉の中で、とりわけ自分の創作と向き合うのに契機になったのが、「描写が過剰だ」というコメントです。

この指摘は自分の中では意外ででした。というのも、書いてる時に一番筆が乗ったが指摘のシーンだったからです。しかし「筆が乗っている」=「内容が伴っている」ではないので、調子のよいつもりでたくさん書けば書くほど、内容のない文章が作品全体のほころびを広げているかもしれないわけです。

 

自分が調子のよいつもりでいた描写が読者には過剰だったということは、どういうことか。

この習作の反省の核の部分を考えている気がします。

文章における描写は美術で言えばデッサンみたいものです。それが過剰だった、つまりそれに重きがいってしまったということは、白いスケッチブックに鉛筆と消しゴムでありのまま書いただけ、ということになるのではないかと。描写がありのまますぎて、そこから作品の空気感や登場人物たちの言葉にしない機微が伝えられていないということかと。

描写が描写でしかない。ありのままの絵面だけを伝えるのならば、ご指摘の通り、そんなに過剰でない方が読者の想像力も相まっていいのかもしれない。

なるほどな…、やっぱり、人に読んでもらうと為になる。

 

過剰だと思わせる「ありのまま描写」でなく、より空気感を伝える「雰囲気描写」を心がけてみよう。

さて、私にそんなものが書けるのかしら。

 

今回の作品をかいてみて、振り返って、思うことは、私はまだまだ作品と対峙する姿勢が未熟だということです。

書きたいことの輪郭部がぼんやりと滲む程度で、ぜんぜん形になっていない。このもどかしさ。どうしたら、いいのか。何が書きたいのかもっともっと向き合う前に来てしまった締め切り。不完全燃焼。

このもどかしさが、次回の習作への私のモチベーションになっています。

もっと勉強して、もっと書きたいことに向き合って、また今回のテーマに挑みたいと思います。

 

では、こりゃまた失礼いたしました。

習作「創るということ(3)」

 

どうもこんにちは。

 

前回、前々回と2回と続けて読んでいただいております習作の後編です。

習作「創るということ(1)」 - AM1:00-3:00

習作「創るということ(2)」 - AM1:00-3:00

 

ありがたいことに読むだけにとどまらず、感想、ご意見をいただきました。本当にありがとうございます。

私が書きたかったことが書けているのか、それが読んでくださった方にお伝え出来ているのか。そもそも、そのために私は書いているのか。

 

   昨日、演奏会で聞いた「牧神の午後」の気怠さを体に残したままCDと一緒にレッスンスタジオにいつもより二時間早く入った。流石にこの時間には先生も来ていなくて、誰もいないスタジオでウォームアップがてら、「牧神の午後」をかけながら、体を動かしてみた。スタジオの四隅に吊るされたスピーカーからスタジオの空気に溶け込んでくる、ゆったりとまどろんだフルートに体を預け、頭を空にし、スタジオを舞った。体の芯がなくなり、体と外気の境をなくした。ステップもターンも音楽の一部のように生まれて、つまり、ドビュッシーが振り付けさえも楽譜に書き込んでいるかのように舞った。気持ちよかった。というのも、後から思い出した感覚で踊っているこの時には私はそんなところまで意識がいかない。上に伸ばす腕はどこまで伸びていくし、後ろに蹴り上げる足はつま先のずっと先の空気を蹴り上げた。いつものスタジオが無限の広さに続き、天井がどこまで突き抜けた。無限のスタジオを私のターンはどこまでも回転し、私のジャンプはどこまでも跳ね上がった。

   しばらく、スタジオの扉が開いたことにも気付かなかった。ふと、鏡を見た時に先生が扉に寄りかかって見ていた。腕を組んで、左足を右足の前に組んで立っている。このポーズはいつも発表会のセンター決めのオーディションの時にするポーズだった。
体が今までの自由をなくして、急に動かなくなり、鏡越しに先生に軽く頭を下ろして会釈をしたが、急いで、体を先生の方に振り返って向けて、腰を折って挨拶をした。そのあと急いで、CDを止めた。
   「まだ時間じゃないんだから、好きにしてればいいじゃない」
   「すいません」何を言っていいか分からないから、とりあえずとっさに謝った。
   「謝ることなんかないじゃない。ドビュッシー好きなの?あんまりうちのスタジオじゃこういう曲やらないもんね。本当は私も前衛的な曲とかやりたいんだけどね。」
    扉があいて、生徒の一人が入ってくる。「おはようございます」と芸能人みたいに夕方でも「こんばんは」とは言わない。その子に続いてぞろぞろと別の子たちが入ってくる。時計を見ると、レッスンまであと一五分だった。みんな別の場所で体を温めてから、スタジオに入るのだ。そして、体を温めてきた生徒たちは鏡の前で、先々週の与えられた振り付けを丁寧に仕上げていた。今日がセンター仮決めのオーディションの日だとすっかり忘れていた。

 

   やっぱり原田はカレーハンバーグドリアしか食べない。
「ご注文繰り返させていただきます。シャインマスカットのミニパフェがお一つ、ハンバーグカレードリアがお一つ、ドリンクバーがお二つでお間違い無いでしょうか?」
   今さっき、原田がした注文を繰り返した。このパートのおばさんらしき店員さんは水曜と木曜は必ず放課後いた。木曜はレッスンのないの日なので、私が原田がここに来ることが多く、このおばさんと互いに顔見知りになっていてもおかしくない頻度で会っていた。
「そのさ、お前のハンバーグとカレー入れ替えるのいい加減にしたら?」
「いいじゃん。」
「いやでも、毎度店員さん引っ掛かってるてるような顔してるよ」
「だってさ、カレーはハンバーグにかかってるんだぜ。ドリアにはドリアでチーズの下にホワイトソースがかかってるんだから、カレーハンバーグとドリアだろ?ハンバーグの上にデミグラスソースがかかってて、ドリアのチーズの下にカレーがかけてあったらハンバーグカレードリアだよ。でも、ここはそうじゃない。」
   原田はこんなところが時々変に頑固なやつだった。
「このあいだの演奏会さ、」
「いいよ、どうせお前は来ないと思ってたから」
「いや、行ったんだよ」
「え?お前来たの?」
   とても無理矢理チケットを押し付けた人間の発言とは思えなかった。
「行ったよ。で、ドビュッシーの『牧神の午後への前奏曲』ってのがすごくよかった。最近、それで踊りたいと思ってる」
「へえー、よりによって俺が目立っちゃう曲じゃん。そんなによかった?俺のフルート」
「フルートの良し悪しは私には分かんないよ。でも、あの日、帰り道にCD買ってずっと聞いてるんだ。あの曲だと、なんだか身体が自由に空気と溶け込んで、いつもしない動きが浮かぶんだ。」
「東勇作って知ってるか?」
「いや、知らない」
「調べてみなよ。お前のテリトリーだから」
   原田はドリンクを取りに席を立った。私はスマホで「東勇作」の名前を検索した。手っ取り早いWikipediaには明治生まれのバレエダンサーだということが書いてあった。仙台出身の彼は、日本におけるバレエ草創期の先駆者的な人物だった。そして、彼が創立したバレエ団で初めて舞台にかけた作品が「牧神の午後への前奏曲」だったらしいのだ。自分が演奏する曲についてこんなに調べているところに原田らしさを感じた。
「調べた?」戻ってきた原田の手にはカルピスソーダがギリギリまで注がれている。
「すごいよな、当時の仙台なんてきっと何にもないぜ。そこで勉強してさ、東京出てきて住み込みで勉強して、日本のバレエを作るんだぜ? 」
「初めて聞いたけど、すごいな、この人」
「お前さ、毎日毎日一生懸命踊ってるけど、こういう歴史とかには興味ないわけ?」
   私は踊ることに興味があるだけで、歴史とかバックボーンとかには疎かった。
「踊ればなんでもいいと思うからな、私は」
「ふーん、そうか」
原田のグラスのカルピスソーダは空になり、ズズーっという音が店内に響いた。

 

    初めてスタジオで「牧神の午後」を踊った日から、毎日のように誰よりも早くスタジオに入り、何度も何度も「牧神の午後」で踊った。ある時から、先生も早くに来るようになった。最初はずっと僕が何度も踊るのを鏡の前でストレッチをしながら見ていたのに、「私もちょっと踊りたいな」と言って広いスタジオを舞って見せてから、私たちは二人で交互に踊るようになった。私が踊るときは先生が鏡の前に座り、私を見る。先生が踊ると私が先生を見る。この時の先生はいつもの先生と違い、何か分からないけど、解き放たれていた。レッスンの時と違う踊りをしていた。
「先生、東勇作って知ってますか?」四回目に私が踊り終えた時だった。
「この曲を最初に踊った日本人ね。」
「はい、彼もやっぱりこの曲を聴いて、体が自由になったんでしょうか?」
「うーん。それは私はわかんないけどさ、でも、今よりも情報がない時代に今のバレエを築くんだから、その情熱はすごいよね」
「踊るってどういうことですか?」
   脈絡のないとつぜんの質問に先生は驚いた様子も見せなかった。
「君さ、この曲で振り付けしてごらんよ」
   この言葉の方が脈絡がなくて、私は驚いた。
「自由にやりたいようにやりなさいよ。この曲で本当に自分の思う踊りができたら、もっと君が思っている以上のものが見えてくると思うわよ」

    次の日から、今まで「牧神の午後」で自由に踊っていた私は、振り付けをするという行為のために体動かなくなっていた。この曲を聞いても急に体が解放されなくなったのだ。それでも、毎日聞いて、毎日この曲に体を預けてみた。私に振り付けをするように言った日から、先生は時間通りにしか来なくなり、レッスン前の「牧神の午後」の時間は、また一人になった。開放感を失った時間は退屈で苦しくなった。東勇作はどんな風にしてこの曲と対峙したのだろう。何日も体が動かない日が続く。


   ある日のレッスン終わりに私は先生に呼び止められた。
「あの曲の振り付け進んでる?」
「先生、振り付けなきゃと思うと体が動かなくなるんです」
   先生はそんなことが、さも分かってたかのように笑って、
「バレエは形態模写じゃないのよ。動きに意味なんかつけてもしょうがないの。振り付けに意味なんかないの。でも、それを見ると客席はため息をつき、踊っている当人は舞台じゃないところへ行くの。その瞬間が気持ちいいんじゃない。ある? そういう経験? しなさい」
   私は先生の言ってることに原田がいう「音楽は意味付けをする行為」だという理屈を思い出した。それと同時には初めて横浜でみたプリマのことを幼い頃の記憶から引き出した。

   東勇作がどんな風にこの曲を踊ったのかはよくわかっていない。映像もないし、資料もそんなに残っていない。ニジンスキーという人のことを調べて、創ったらしいということがわずかに残るくらいだった。私は意味付けするとはどういうことか考えてみた。始めてこの曲を聞いた時の感動を、初めてこの曲で踊った時の広がりを思い出そうとしても思い出せない。

 

苦しい。

 

   いつのまにかそんな風に踊っていた。踊ることが苦しくなった。もうすぐでこの曲が嫌いになりそうだった。フルートが疎ましい。まとわり付くのを振り払いたくなる。何をしたら、自分が満足するのかわからないのに、私は踊っている。踊れている感覚をなくして踊っている。それは踊るという行為のなのか? 私は踊ることと表現することと、そして、創ることとがわからなくなっていた。

   いつものようにレッスン前に「牧神の午後」で踊っていると、先生がスタジオに入ってきた。今できているところを見せてみろと言う先生に、私は微塵も出来ていないことを告げた。そして、今自分が苦しいことも話した。先生に振り付けをするように言われてから、二週間が経っていた。
「踊ることが苦しいの? それとも創ることが苦しいの?」
「多分、この曲だと苦しくなるので、踊ることじゃなくて、創ることなんだと思います。」
「じゃあ、もすぐ出来るわ。苦しまずに形にしたものを持ってきたら、どうしようかと思ったの」
   先生は笑ったが、私にはますます分からない。
   ただ、先生は私が苦しんでることを正しいとは思っているようだった。

 

  完

 

 

最後、私と先生が「創る」ことを通して、何を感じあったのか、どうしても私(書いてる人間)には見えてこなかったので、なんだかこんな終わりになりました。

ここまで、ありがとうございました。

 

では、こりゃまた失礼いたしました。

 

 

習作「創るということ(2)」

 

どうもこんにちは。

 

先日、掲載しました習作小説の中編です。

習作「創るということ(1)」 - AM1:00-3:00

 

   目の前の壁は一面鏡で自分の姿を確認しながら踊る。汗だくの私が先生に指先を直される。スタジオには十数人いるが、全員が同じ動きをズレることなくしている。鏡に映ったその映像は皆が同じ動きを一様にしていて少し気味が悪い。しかし、その動きが寸分違わず揃う一瞬だけ、とんでもなく美しく、身震いする。そんな瞬間は一瞬なので、すぐに何もなかったようにまた気味の悪い映像が鏡に映る。

「プリーエの時にアラスゴンドの意識を途切れさせない。肩を上げない。肩甲骨を広げて。」
   私の周りをゆっくり一周歩きながら、厳しい目つきで私を見る先生の畳み掛けるような指摘を一つ頭にとどめる。毎日のレッスンが必死だ。何が変わったわからない小さな改善を一つ一つ重ねていく。その延長のずっとはるか先に憧れたプリマがいるのだと思っていた。自分の中で、プリーエの時のアラスゴンドの意識を変えても目に見える変化はわずかだし、肩を上げない意識をしても何センチも肩を上げているわけではないからそんなに違いはない、肩甲骨だってはっきりわかるほど広げられるわけではない。それでも、やっぱりその小さな改善に必死だった。すでに先生は私の周りを離れて、隣の生徒の周りに歩いてた。そのまま何も言わずに次の隣の生徒を見ていた。一面の鏡に汗だくの私たちが映る。この中になぜ踊っているのかわからずに体を動かしている人が私以外にいるだろうか。そんな簡単なことも分からずにこんなに体が美しく動くだろうか。手の指先まで行き届いた神経の張りが頭の先、足の指先までずっと繋がっている。しかし、私は体を美しく動かしたいわけではない。あの日観たプリマが舞う空間が目標だった。それが私が踊る理由になりうるのか、周りのみんなもそれを目指して踊っているのかわからなかった。そんなことを気にしているのも自分だけかもしれなかった。
   そんなことを考えながら、体を動かしていると、また先生が私の隣に立っていた。私は直接先生を見ずに鏡ごしに様子を伺った。先生は黙ったままジッと私を見た後、何も言わずにパンパンと、手を二つ打った。
「はい、じゃあ休憩して。」
   みんなが散り散りに水分を取りに行く。
「このあと軽い振り入れするからね、再来週までに覚えてきて。それでセンターの仮決めするから」
   スタジオ内の空気が一瞬で変わった。みんな、飲み物を飲む手を一瞬止めた。「センター」という響きに敏感だった。

 

   高校の最寄りからバスで一五分ほどのところにある市民会館のホールは、客席数が800程度で、高校生が部活の演奏会に使うのにちょうど良いらしい。オーケストラ部に所属する原田が無理やりチケットを押し付けて、来いという市民会館の客席には空席がまばらにあるくらいで程よく埋まっていた。普段はバレエで舞台に立つ私が、こうして人の舞台を観に来ることはさほど多くない。開演十分前に席ついて、プログラムに目を通す。となりの主婦らしき女性二人組は部員の保護者なのか、練習で帰りが遅くなっていた息子の話をしている。
   私が生まれる前からこの土地に立つホールは去年、改築工事を終えたばかりで、見た目は真新しい。建物の中も綺麗になっており、昔、お茶の間で人気の落語家が出演するというので観にきたときに感じたボロい印象は一新されていた。その時の「文七元結」というネタのことを思い出しながら、どうして、横浜で見たバレエには感化されたのにここで観た落語には感化せれなかったのか考えてみた。今頃、落語に感動して落語家になっていてもいいはずである。それがなぜかバレエはやってみたくなるが、落語は一回見たきりでいい理由があろうと思う。体で表現するとか、昔から日本にあるとか、いろんな要素を考えたが、落語の古典性ではないかという気がした。落語にも新作という自分たちで創るジャンルがあることを知っているが、それでも大抵の落語というものは決められたことをやるものだと思っていたのだ。その一方で、バレエにはもっと自由に表現できる可能性が見られた。振り付けは与えられても、それをどう解釈し、咀嚼して、体で表現するか、バレエにはその自由があるように感じた。きっと私が落語を知らなかったせいでそんなことを思っただけで、落語にだってその自由はあるんだろう。だとすると、もっとバレエに惹かれた理由はわからない。とにかく表現する自由が私を惹き付けるのか。しかし、いくら考えてもどれもしっくりは来ない。私は踊ることをDNAに孕んで生まれてきたのかもしれない。そんなことを思いながら、全く関係ないこれから始まる原田の所属するオーケストラ部の演奏会のパンフレットを眺めていた。
   

    開演ブザーが鳴り、舞台上の照明が明転し、楽器を持った部員が袖から舞台上に現れる。最後の方に、細く小さな白いような棒を持った原田がいる。いつもファミレスで会うような顔つきはなく、真剣な目が真っ直ぐどこか遠くを見つめていた。その眼差しは私をこそばゆくくすぐる。続いて、指揮者が登場し、客席から拍手が起こる。指揮者が客席に礼をし、背中を向けると拍手は自然と止んだ。指揮者が振りおろす棒に合わせて金管のファンファーレが鳴る。

    大きなシンバルの音で目が覚める。一曲目のショスタコーヴィッチ「祝典序曲」から寝ていた。バレエを通しての音楽はいくらも触れてきたが、音楽そのものと直接は触れてこなかったから、、馴れないクラシック音楽に早くも退屈していた。腰を深くに座り直し、姿勢を正した。二曲目からは真面目に聞こうという心持ちのつもりだった。
   

   二曲目の始まり。原田の聞こえるか聞こえないかくらいのフルートの音がホールに溶ける。つかみどころのない音が落ちていく。その音はまた上り、また落ちていく。その抑揚に誘われて、オーケストラが優しい響きをフルートに溶かしていく。不安定な流れが客席に渦巻き、音楽が奥域を持って揺れている。その渦の中心に原田のフルートがあった。
私はこの美しさに固まった。体のどこにも力の入る場所がない。私は実態としての私を見失った。綺麗な音階を駆け上がるハープが合図だったかのように、ハープの弦が弾かれると体に張り巡らされた神経の感覚を取り戻すと、私はパンフレットに目をやった。

 

クロード・ドビュッシー作曲
「牧神の午後への前奏曲」(1894年)

 

とあった。
   音楽の持つ気怠さがホール全体を包み、それに浸る全員が心をドビュッシーに捧げていた。当然、、その先頭には原田がいる。原田の音を通して、捧げるのだ。ドビュッシーが見たもの、感じたもの、それをオーケストラを使ってどう聞かせたかったのか。ドビュッシーの鼓膜を共有しようとした。そこに感動があり、意味があった。原田の言うことが頭では理解できていなかったが、感覚では理解できた。

   

    この日は演奏会はラヴェルバレエ音楽「ダフニスとクロエ」をメインに、ハチャトゥリアンバレエ音楽「ガイーヌ」から「レズギンカ」をアンコールに終演した。どちらも馴染みのある音楽で退屈しなかった。
帰り道、駅ビルの中のCDショップに立ち寄り、クラッシックコーナーで「牧神の午後への前奏曲」を探した。ドビュッシー管弦楽のCDが並ぶ一角には「交響詩 『海』」と言うものはいくらもあるのに目当てのものが表題のCDはなかった。「交響詩『海』」が表題のCDの内容を吟味していると、一枚だけ申し訳程度のおまけみたいに収録されているものが一枚あるだけで、それをレジに持っていった。表紙は北斎富嶽三十六景を模したかのような西洋画チックなタッチの絵だった。

 

自分で読み返して、なんて稚拙でみっともないと思いながら、書き上げるのに使った体力を思えば、どこかで人目に触れて、嘲笑された方が、ゆくゆくは良いのだろうと思い、恥を承知で読んでいただいております。

時間がないのにこんなものを読ませるなとお叱りもあるやもしれません。本当に申し訳ないことです。

 

では、こりゃまた失礼いたしました。